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新聞の訳の分からない決まり文句

 某新聞の記事の文末に「今後難しい判断を迫られそうだ」とか「今後難しい舵取りを余儀なくされる」といった決まり文句をたくさん見かけるが、ありゃー一体なんなんだ。


 記事中にふれられている当事者が強い関心・意欲を持って、その生じた問題に対処しているのなら、こういう記述も許せる範囲であろう。
 しかし、当事者の無関心による職務不履行により何らかの問題が生じたときでも、記事の文末に「今後難しい判断を迫られそうだ」とか書いてある。


 "はあ、何言ってんだ"って感じだ。論点が全くずれている。怠慢によって問題が生じたというのに、責任や真相解明を追求する姿勢を放り出しているのである。
 こういった当事者は難しい判断などするはずがない。無関心のままほっとくだけである。顔だけ難しい表情をしているのではないか。


 いかにも当事者よりのこの文句。一体何の意味があるのだろうか。
 文末にこの文句があると、内部の人間がその記事を書いているんじゃないか、あるいはカネでももらって書いてんのか、と疑いたくなる。
 書き手はきっと、文末にこの決まり文句を書いて、"うまく締めくくったぞ"とでも思っているのであろうが、結局は思考停止しているのである。


 こういう文句を「判断の丸投げ」とでも呼ぼうか。こういう記述があると、その記事全体に、"問題を検証する"という意思が全く感じられなくなる。記事として無価値と化し、ただの情報の垂れ流しになる。


 こんな記述の多用が許されるなら、どんな当事者のいかなる行いにでも適用できるであろうよ。
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